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2025年5月16日更新
ダイズに代表されるように、種子植物は細胞内の液胞と呼ばれる細胞小器官に大量のタンパク質を貯蔵し、それがヒトや家畜の主要なタンパク源になっています。このような液胞の機能は植物以外にはありません。植物は大量のタンパク質を液胞に輸送する仕組みを、進化の過程で独自に獲得してきたのです。では、他の生物にはないこの独自の物質輸送経路は、どのようにして誕生したのでしょうか。
東京大学大学院 農学生命科学研究科の藤本優准教授、基礎生物学研究所 細胞動態研究部門の海老根一生助教(研究当時/現 埼玉大学)、金澤建彦助教、南野尚紀特任助教(研究当時/現 福岡大学)、上田貴志教授(責任著者)、理化学研究所 光量子工学研究センターの清水優太朗大学院リサーチ?アソシエイト(研究当時/現 ボルドー大学)と中野明彦副センター長(研究当時/現 東京科学大学)、お茶の水女子大学 ヒューマンライフサイエンス研究所の伊藤容子特任助教と基幹研究院の植村知博教授、立命館大学 生命科学部の深尾陽一朗教授による共同研究グループは、植物独自の液胞への物質輸送経路が、VAMP7という膜どうしの融合を司るタンパク質に生じた段階的な機能変化によって開拓された過程を明らかにしました。
具体的には、植物の進化の過程でVAMP7に起きたアミノ酸挿入配列の出現とその配列の酸性化、さらに、それに伴う積み荷選別タンパク質複合体AP-4との結合能の獲得とその強化が、種子植物に特有の液胞輸送経路の成立を導く鍵となったことを突き止めました。
本研究は、細胞内の物質輸送システムを例として、植物が独自の細胞機能を発達させてきた過程を分子レベルで示したもので、その成果は2025年5月13日付けで米国の国際学術誌「Current Biology」に掲載されました。
真核細胞では、小胞や小管を介した物質輸送システム「膜交通(メンブレントラフィック)」により、様々な細胞小器官の間で物質のやり取りを行っています。このシステムを機能させるための基本要素はすべての真核生物に共通して備わっていますが、そこから派生する輸送経路やその調節のしくみは、植物や動物、酵母といった、それぞれの生物の系統で独自の進化を遂げてきました。
「液胞」は植物細胞を特徴付ける細胞小器官であり、物質の貯蔵や分解、空間充填、細胞の恒常性維持などの植物の生存や成長に不可欠な役割を果たしています。膜交通システムに関する植物の特徴として、液胞への輸送経路が多様化し、複雑なネットワークを形成していることが挙げられます。このネットワーク中を行き来する小胞には、VAMP7と呼ばれる膜交通タンパク質が積み込まれており、これが小胞とその輸送先の細胞小器官との間の膜融合を実行しています。
植物のVAMP7にはVAMP71とVAMP72という二種類のタイプがあり、基本的に、VAMP71は液胞での膜融合で、VAMP72は細胞膜への輸送経路(以下、分泌経路)でそれぞれ機能することが分かっています。上田教授らの研究グループではこれらに加え、シロイヌナズナをはじめとした種子植物にVAMP727という液胞への輸送経路(以下、液胞輸送経路)で機能する特殊なVAMP72が存在していることを突き止めていました。このVAMP727は、N末端側のロンジンドメインという領域に、他のVAMP72にはない、約20アミノ酸からなる酸性アミノ酸に富んだ配列が挿入されているという特徴を持ちます(図1)。
このVAMP727が機能する輸送経路については、種子貯蔵タンパク質の液胞への大量輸送に極めて重要であることが判明しています。しかし、VAMP727やそれに依存する液胞輸送経路が、植物の進化の過程で、いつどのようにして生まれたのか、そしてその背後にどのような分子メカニズムの変化があったのか、という点は不明でした。
図1 植物におけるVAMP72の構造変化と液胞輸送経路の進化モデル
研究グループは本研究において、VAMP727に特有の酸性アミノ酸に富んだ挿入配列(以下、酸性挿入配列)が、液胞輸送経路において積み荷の選別を担うAP-4複合体との結合に必要であることを明らかにしました。さらに、この配列の起源が、陸上植物とそれに最も近縁な生物とされる接合藻類との共通祖先においてVAMP72遺伝子に生じた選択的スプライシングにあることを明らかにしました。AP-4複合体との結合を通じて、もともと分泌経路で機能していたVAMP72が、液胞輸送経路でも機能するようになり、この変化こそが、種子植物におけるVAMP727の誕生と、新たな液胞輸送経路の成立を導いた決定的な要因であったと考えられます。
今回の研究では、種子植物のVAMP727に特有の酸性挿入配列の機能と進化的起源を解明することを通じ、既存の膜交通タンパク質VAMP72に生じた段階的な機能転換が、新たな液胞輸送経路を開拓する原動力となったことが示されました。
本研究で得られた知見は、将来的には有用物質の貯蔵や効率的生産、植物のストレス耐性の向上などを可能にする、膜交通経路の制御技術の確立に向けた基盤となるものと期待されます。
掲載誌: Current Biology
掲載日: 2025年5月13日
論文タイトル: Neofunctionalization of VAMP7 opened up a plant-unique vacuolartransport pathway
著者: Masaru Fujimoto, Yutaro Shimizu, Yoko Ito, Kazuo Ebine, Naoki Minamino, Takehiko Kanazawa, Yoichiro Fukao, Akihiko Nakano, Tomohiro Uemura, Takashi Ueda
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.04.062